2011年8月24日
バングラデシュでの茶会--バングラデシュ大使邸にて
高橋宗千(東京不白会)
バングラデシュ大使邸で
『大唐西域記』の三蔵法師である玄奘三蔵も訪れた古代仏教の都、バングラデシュにてお茶会を催しました。
滞在したのがちょうどラマダンの期間でしたから、この国の人たちは日の出から飲食を断ち、日没後のラマダン明けに夕食が始まります。必ず食するものとして、サモサ、ブリ、ペアジなど、揚げ物はベンガル人の得意アイテムです。それにバングラデシュの国魚イリッシュのから揚げ、ボッタ、鶏肉のカレー等。
元バングラデシュ大使のハク夫人が親戚、知り合いなどを十数名、客として招待して下さいました。
食事後、日本から持参した茶籠、大使邸で調達したバングラデシュのお盆、紅茶用ガラスのポット、ベンガル製真鍮ボールを建水として用い、テーブル茶のおもてなしを致しました。菓子は、鶴屋吉信の日本の夏の趣の干菓子を。通訳をつけて茶事の成り立ちなども説明をしながら行いました。
今回は、ハイソサイティの人々の集まりで、大学教授、ハーブの研究者等の方々から、とても興味を示され、大使夫妻も日本の生活を懐かしんでおられ、大使邸で働く若者も、とても興味を示しておりました。
村の中に一歩足を踏み入れると、農作業に勤しみ茶飲み話に興じる男性や、炊事洗濯と子育てや家畜の世話に忙しく働く女性たち、そこら中で元気に遊び回る子どもたちの姿に、都市化と近代化が極限まで進んだ日本から訪れた我々は「自分たちが失ってしまったもの」に気づかされました。もちろん、それは一面で、我々が想像できない厳しい現実に直面しているのですが。
この度は、財団法人日本財団の社会ボランティア賞の推薦により、当地を訪れることになりましたが、この茶事がバングラデシュでの糸口、文化の懸け橋になればと願っています。
この茶会を催したことで、現地の女性支援の方から、バングラデシュの女性にテーブル茶の作法を、という話が持ち上がっています。
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2011年8月7日
上越はすまつり茶会
関宗栄(高田不白会)
去る八月七日、市の行事の一環として観蓮茶会を担当させていただきました。野点ですから前日の準備ができないので朝六時と早く、お茶席は八時から十二時と短時間ですが、充実したひとときでした。涼しさを感じられるようにが、お道具組のテーマです。私の先生の小川支部長とその社中の方々にお手伝いをしていただきました。
サポーターをしながら一生懸命にお点前
私の社中の一人は小学二年生から稽古に来、紅葉のような手で工夫して服紗を畳み、お点前をしていたのが今は中学生になり、この茶会のお点前をいたしました。クラブ活動等大変になって前日に足を捻挫し、サポーターをしてのことでした。高校生になっても続けられるよう願っております。社中も今は大分慣れてきまして喜んでいます。
会場は時折お堀の蓮の花が揺れ葉がうねり涼風が吹き一服の清涼剤でした。お茶関係の方々、一般市民の皆様、観光で訪れた方々、大勢の方においでいただき、感謝でいっぱいでした。
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2011年7月31日
観蓮茶会
田村詠雪(高田不白会)
東洋一の美しさと賞されている高田公園のハスは、季節の風物詩として広く市民に親しまれています。七月上旬から紅白の花が咲き乱れるこの絶景を愛でて毎年はすまつりが開催されます。はすまつりには観蓮茶会が催され、一日目の七月三十一日は江戸千家が席を受け持つこととなり、初めて茶会を担当いたしました。
真夏の暑さに少しでも涼を取り入れる工夫はあるだろうか。お受けしたものの亭主の役が無事務まるだろうか、日が近づくにつれて不安が高まりました。
席を設ける近くの蓮の花咲きが遅く、心配しましたが、間に合うように咲いてくれました。夜中には雨も降りましたが、朝方には雨もあがり茶席の開会には間に合いました。そんなこんなで、最初の挨拶ができるまで緊張しておりましたが、皆様に助けられて無事に担当することができまして感謝しています。
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2011年7月25日
風炉の茶事-ロサンゼルス不白会家元招請研究会2
家元招請研究会−【茶事の実践】
藤田宗明(羅府不白会)
この度御家元招請研究会の一連として、一日当茶室において席を持つようにという大変ありがたい機会を頂いた。以前、御家元と博子先生が研究会にロサンゼルスへお越しになられた折、ご多忙にも関わらず我が家へお立ち寄り下さった。夫の手造りの茶室が出来上がってからまだ1年程で、御家元にひと目ご覧いただければとのご配慮を賜ったのである。大変お忙しいスケジュールであったのでお茶の一服もお出しすることができず、とても残念に思っていたが、御家元から腰張りを貼ってみてはどうかと貴重なご意見を頂いた。
それから5年後に若輩の自分に正午の茶事を持たせていただけるとはなんと幸せなことだろうか。自分の茶室で初座から後座へと茶事の流れを通して行ったことは一度も無い。今まで教えていただいたことを復習しながら計画を進めた。頭の中で構想は巡り御家元をはじめお客様をどの様におもてなしするかを考えている時は楽しさが湧いてくる。
当日は夏休みの時期でもあり9歳の娘が在宅しており、5年ぶりに御家元と再会ができた。待合としたリビングルームで娘が御家元にショパンのピアノ夜想曲を弾き、御家元がそのお返しにと笛を一曲吹いてくださった。なんとも和やかな雰囲気の中茶事が始まった。
茶事が終わって記念写真
露地は無いので中庭を通っていただき、一角に設えた蹲をお使い頂き茶室へご案内というなんとも風変わりな設定となったが、家の中を通るだけよりもまたひとつ違いがあるかと思った。初座では点心懐石をご相伴させていただき、御家元はじめお招きに応じてくださった西村宗櫛先生、マーセリオ宗和先生とお話ははずみ、カリフォルニアの特産物を考慮した料理を味わって召し上がって下さったことをとてもありがたく思った。後座は濃茶のあとお半東を務めてくださった榊原美香さんが薄茶を点て、お水屋を担当して下さった師匠の新井宗京先生もご同席頂き、尽きない愉しい交流の後、御家元からこの度の茶事についてのご教示を賜った。
そのひとつに初座から後座への変化で、特に茶室の明るさを変える事を教えていただいた。茶事の流れに明るさの変化をもたらすとは何と素晴らしい考案だろうか。音楽にしてもダイナミックが無ければ無味乾燥な演奏に終わり、心に響かず機械的である。茶事における変化に日本の美を思い、茶の湯を学ぶ者として大きな感慨があった。
未だ深淵のふちをみるような思いに駆られる。この茶事実践を行ってみて今まで気がつかなかったこと、これから身につけて行きたい事、普段の稽古に取り入れて学びたいことなど大いに勉強させていただいた。自分の茶は手慰みで終わりたくない。辿り着く所はまだ見えもしない遠くにあるがそれに近づいて行きたいと思う。
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2011年7月22日
江戸千家ロサンゼルス不白会家元招請研究会
家元招請研究会−【点心懐石による茶事・濃茶】
ロサンゼルス不白会
(先日行われた、ロサンゼルス不白会家元研究会の模様を、現地日本語新聞『羅府新報』から、紹介致します)
錦泉庵での点心
茶道江戸千家ロサンゼルス不白会(西村宗櫛支部長)は22日から25日まで、日本より川上宗雪家元を迎え研究会を開催した。
今年のテーマ「点心懐石による茶事」と「濃茶」が中心となり、22日はオーシャンサイドのシェルドン宗園宅訪問、23日は教授者を中心に西村会長宅の「錦泉庵」で、初座の点心懐石、お炭点前、お菓子、中立ちの後、後座では花所望、濃茶、お薄は氷点で持て成した。亭主は西村宗櫛、半東は椎名宗梨が務め、正客に川上宗雪お家元が入った。
中立
24日は会場をトーレンス市のミヤコ・ハイブリドホテルに移し、各社中の生徒を交えて初座では簡単点心懐石、後座では濃茶を学んだ。亭主は 新井宗京、半東は和具名幸子が務め、正客にお家元が入った。
午後は家元歓迎昼食会を開催し、顧問・杉葉子氏の挨拶と乾杯の後、お琴・松山夕貴 子姉の演奏、お家元の篠笛演奏の後、お薄がふるまわれた。夕方より、アーバインの佐藤宗陽宅を訪問、茶会がされた。
25日にはパロスバーデスの藤田宗明宅で点心懐石の後、濃茶、薄茶による茶会を催し、4日間におよんだ研究会の総括を行なった。
研究会全体を通して指導に当たったお家元は、「茶事のスタイル、初座から後座へつながる全体の流れを学んだ。
家元を迎えて行なわれた江戸千家ロサンゼルス不白会研究会の2日目の茶席。亭主・新井宗京、半東・和具名幸子、正客・川上宗雪家元、二 客・シェルドン宗園、お詰・西村宗櫛
点前ばかり稽古しているのでは なく、料理、酒、会話がポイントとなる茶会での初座は、話題の選び方、話の内容もさることながら、話し上手、聞き上手になるうえで勉強にも なる」とし、特に海外において、日本の学校教育はこれまで「静かにしなさい、話してはダメといったことが長く続けられてきたが、それが日本人の 話し下手にも影響したのでは」との感想を述べ、「初座では、正客も二客もお詰も、亭主と対話するために呼ばれているのですから、思うことを何でも話したら良いと思います」との解説を加えた。
お家元はまた、細かい所作についても要所ごとに説明。半東が茶を出すタイミング、床の間の箱書きの扱い方などのほか、茶碗のサイズ、茶と湯の量についても「濃茶が余るのは恥ずかしいことではないが、足らなくなるのは恥」と説明、参会者からの質問にも一つひとつ答え、参会者が感想 を自由に述べあったりして、内容の濃い研究会となった。 (敬称略)
皆で記念写真
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2011年7月9日
岩手不白会研究会レポート
家元招請研究会−【茶事の実践】
岩手不白会
「茶事の実践」をテーマに家元招請研究会を行った岩手不白会の皆さんが、各席の茶事のレポートを提出されました。本コーナーでは2席のみ紹介します。
この2席を含む全17席のレポートは、次の行のリンクをクリックするとご覧いただけます。
●岩手不白会研究会レポート(全17席)
◎茶事の実践研究会
平成二十三年七月九日 小泉宅
亭主 小泉恵雪
客 藤原宗冨 黒沼宗美 平野たか子
(会記省略)
(客の感想)
猛暑日の九日は、朝から蒸し暑い日でございました。小泉先生のお宅は小高いところで少々涼しげでございました。寄付で梅茶をいただき迎付のご案内で茶室へと……。まずお掛物に驚きました。軸いっぱいの滝の絵で、流れ落ちる音が聞こえてくる様で涼しさを感じました。家全体が夏模様で大変楽しい半日を過ごさせていただきました。
(亭主の感想)
未曾有の惨事で心沈む日々、お客様と共に鎮魂の思いを込めてゆっくりとしたひと時をと、お道具合わせやお料理に心を砕きました。直前に、震災を案じた九州の友人から送られた食材を使いたく、苦労しました。お客様に助けていただいて、思い出深い一日となりました。
◎茶事の実践研究会
平成二十三年七月十日
亭主 千田文雪
客 長浜宗幸 高橋宗初 南宗園 浅沼宗洋
(会記省略)
(客の感想)
自然の豊かさに囲まれ、お手づくりの材料でのおもてなし、楽しい会話に感激いたしました。初めての正客も皆さんと共に楽しく務めることができました。(宗幸)お庭から見え隠れする北上川、大木の緑、お席に心を戻すと別世界で本当に楽しいひとときでした(宗初)。三田先生がお話し下さる「お茶事は直心の交わり」を思い出しながら美味のお濃茶を頂戴しました(宗園)手づくり菓子は、私も日頃思っていたことで、とても感動しました。心がこもって最高でした(宗洋)
(亭主の感想)
遠方につき、一時間早めてスタートさせていただきました。酷暑の折、涼風を呼び込み、また、大震災後の一刻も早い復興を〈祈る〉気持ちで道具組をしました。苦手な点心は新鮮さと地物に努め、特にお菓子は、緑陰を提供している栗、柿の木の実をお出ししました。お客様は雪輪会の皆様で、初めてお正客を務められる長浜さんも終始笑顔で語られ、直心の交わりができたように思いました。準備中に悩み多いお茶事も、お客様、水屋に助けられて楽しく無事に終えることができました。
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2011年7月1日
紅花山芍薬に魅せられて
西山宗稔(高知不白会)
雨に濡れる紅花山芍薬
この花のこと、生まれて初めて知りました。昨年愛媛の友人の山荘で写した絵はがきです。
余りの美しさに、今年も咲き始めましたとの知らせを受け、梅雨の最中でしたが車でかけつけました。
その山荘に咲く雨に濡れた薄紅のあでやかさ、可憐さは喩えようもなく美しく、思わず感嘆の声をあげました。昔、愛媛の皿ヶ峰では林床の中によく見かけたそうですが、その美しさゆえの盗掘、自生地の開発などで今では絶滅危惧類として指定され、幻の花とのことです。
後日調べたところ、北海道、九州まで広い地域に分布していたとの事、東京の高尾山にも見られたそうで、知らなかったのは私だけだったのかも知れません。北海道標茶(しべちゃ)では、町の天然記念物に指定されたとのこと。
十三歳でお茶のお稽古をはじめ七十年、はじめて出逢った紅芍薬の花の美しさに魅かれ、一筆したためました。
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2011年6月28日
福島不白会 二十周年記念の食事会
白井宗節(福島不白会支部長)
初代支部長徳山先生を囲む
二十周年の記念式典・茶会は中止する事が決まりましたが、宗匠や宗康先生のお勧めもあり、被災した会員にも協力してもらい、記念の食事会を行いました。周辺の状況を考慮して洋服での出席を通知し、気軽に二十周年を祝うことにしました。
六月二十八日、新白河駅前のホテルに宗匠、宗康先生をお迎えし、また初代支部長の徳山宗玉先生も車椅子で出席して下さいました。
宗匠からは二十周年を祝うお言葉と、東日本大震災の被災のお見舞いの言葉をいただきました。徳山初代支部長が会の基礎を築いてくれ、岩谷前支部長が充実した会に育ててくれて福島不白会の現在があることを改めて思いました。
被災以後、福島原子力発電所の状況が深刻になり、どうしても気が沈みがちで、地域の茶会も中止が多く、会員同士、なかなか顔を合わせることができません。皆が一同に集まる事ができ、ほっとしたとの声を聞きました。かつて家元教場研究会に参加していた現在八十歳を越える会員は、気軽に皆様とお話ができたことをとても喜んでいました。
宗匠が「義 すじみちをたてる」という自筆の色紙を贈呈して下さいました。さまざまな思いをもって各人この言葉を胸に刻んでいるようでした。
食後、宗匠がお持ちくださった「青梅」を味わい、お薄を一服。ほっとしたとき、宗匠が横笛を聴かせて下さいました。 本当に癒されました。 宗康先生には、講演をお願いしておりましたので、研究された一部をお話しいただきました。
短い時間でしたが心に残る楽しい食事会になりました。
その後、記念に準備した「松籟」の扇子を、出席していただくはずだった近隣の支部に、式典中止のお詫びとともに贈りましたところ、お見舞いや激励のお言葉をいただました。
震災以来、気力を失っていた会員が、この食事会に出席して自信がつき、その週からお稽古を再開した方がいました。 私も気持ちの整理ができないでいましたが、大規模半壊の自宅を建て替えることにしました。皆様の力強い励ましのおかげで、一歩前に進めようと考え始めています。
一堂に会して記念写真
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2011年6月18日
「台飾り」「濃茶続き薄茶」研究会
宗康先生招請研究会
竹内宗玲(青森不白会)
台飾りの点前
去る六月十八日、青森市文化会館において宗康先生による「台飾り」と「濃茶続き薄茶」の研究会が行われました。
前日の夕刻到着し、お疲れになっている中を会場にお出で下さり、席作りを皆様によく見えるようにと配置を考えて下さいました。お陰様で参加した方々から「とても見やすかったですよ」と言っていただきました。
「台飾り」については、私自身よく分からなかったので、亭主を引き受けながらも不安な思いをしておりました。周囲の皆様から「勉強の場を提供するつもりでなさったら」と話していただいたお陰で、当日は気持ちを楽に臨むことができました。
台天目点の省略点前ということで、先に棚へ天目台を載せていて点前を進め、お客様に差し上げる方法です。所作も少なく、点前をしているうちに緊張感も少しずつほぐれていきました。宗康先生には、茶入の拭き方について、自らゆっくりと拭き清めてお手本を見せて下さいました。
木立青森支部長、盛田七戸支部長、岩崎前青森支部長と宗康先生
午後は、「濃茶続き薄茶」でした。午後の部に入る前に、花に霧を吹くようにとのお言葉でした。その折に宗康先生が花の向きを少し変えて下さったところ趣が変わりました。花は大山蓮華の蕾を一輪入れてみました。花入は、唐銅の尊式を使いました。花は凛として会場を引き立てていました。
午後の部での亭主の方は、先生が何度か点前を中断して、ところどころ指導していただきながら点前を進めていました。曖昧だった所も確認しながら進められましたので、点前のご本人も見学している者も勉強になりました。
支部の皆様に支えられて無事に研究会を終える事ができました。次はこれをもとに、実践してみたいと思います。
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2011年6月12日
台飾りを学ぶ
宗康先生招請研究会
水田宗栄(久留米不白会)
梅雨入りをしてまもなくの六月十二日に、久留米高牟礼会館に宗康先生をお迎えして、「台飾り」と「濃茶続き薄茶」の研究会が行われました。
日頃、お稽古をしたことがない「台飾り」のお点前を仰せつかりました。
はじめに宗康先生より、「台飾り」の成り立ちと目的、亭主の心得等のお話を伺いました。
江岑宗左が紀州候へお茶を差し上げる時に、棚に台を飾り、点てたお茶を台に乗せて差し上げたことに始まるということでした。
貴人は必ずしもお茶に精通した方ばかりではないので、退屈させずお茶を愉しんでいただくにはどのようにしたら良いか、などのお話をしていただきましたが、難しい課題がいっぱいです。
いよいよお点前が始まり、貴人にお茶を差し上げることになりました。
美味しいお茶を、お客様に差し上げるのが第一義と、いつも教えていただいていますのに、お点前中は心にゆとりがなく、お茶の量、お湯の量が不加減で美味しいお茶が点てられませんでした。また、お客様への心配りもほとんどできず、反省しきりです。
お点前もさることながら、お茶の心を体得することがいかに難しいかということを強く感じております。
日頃、何気なくお稽古している所作についてもご指導いただき、「初心を忘れずに」を心に刻みました。
役目を終えて庭に目をやると、雨に濡れた紫陽花が輝くように咲いているのが、印象的でした。
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初めての亭主を務めて
家元招請研究会−【茶事の実践】
村田宗照(静岡不白会)
この道にはいりまして何年になるでしょうか。若い頃から今日まで夫の経営する会社の仕事を手伝いながら、週に一度、先生のお宅に伺い、社中の皆さんとご一緒にお稽古の日々を楽しみにしておりました。茶通箱のお許しをいただいてから次々と許状をいただくにつれ、支部研修、家元の研修で、正客、相客振りなど勉強させていただき楽しんでおりました。
今回、「茶の湯実践」研究会で、先生より亭主を是非やるように仰せつかり、大変困惑いたしました。私にできるかしら……。今になってただお稽古に通っていただけかということがわかりました。
一体何から手を付けていいのか戸惑いました。家が新築中とあって、お道具はほとんどしまってあり思うように出せないのです。家元の「青峰」の軸がやっと捜し出せたときには、ほっとしました。
掛物に始まって、他の道具の合わせ方、水屋に必要なもの、お料理と器、他、戸惑う事ばかりでした。一人で何から何まで支度することは、大変に難しい事でした。一度は他の人にお願いしようかとも思いましたが、皆様がお手伝いして下さるということで、させていただくことになりました。二、三の出せないお道具は先生にお借りする事になりました。
振り返ってみれば大変だった事が思い出されますが、先生のご心配はいかばかりだったかと案じました。水屋は、社中の皆様のお手伝いがあったお陰で、拙いながらもなんとか亭主を務めることができましたことは、感謝の気持ちでいっぱいです。
当日は緊張しましたが、お話も弾み、楽しい一時を過ごすことができました。これからは、家元のご指導を基本に、新しい家で、友人、知人をお招きして、茶の湯を通して心豊かな人生を歩み、人との触れ合いを大切にしたいと思います。
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2011年6月1日
茶の湯から得られるもの
家元招請研究会−【茶の湯実践】
有川宗良(群馬不白会)
自然なやりとりの茶事を見学
小さな庭に所狭しと植え込まれた茶花が、今年も何も変わることなく、自然の風に吹かれて咲き競ってくれました。
数カ月前、まさに天変地異を思わせるほどの大地震に、また。毎日の様に続く余震には、身も心も縮みこみ、何一つ手に付かない日々でした。 地震に加え、あの大津波で被災された方々、また心を残し、思いを残し亡くなられた方々に、ただ、喪に服すという気持ちばかりが先に立ち、おろおろするばかりだったと思います。お茶会といえど、こんな時期に晴れ晴れしく着物でお出掛けは不謹慎かしら、ご近所の目は? 等、自粛する気持ちが先行しがちでした。でも、四月三日、東京不白会春の茶会に参加し、そこで、自分の思い込みの勘違いに気づきました。
共に嘆くばかりでなく、月並みな言葉ですが、前向きに自分のできることから行動することで、直接的ではなくとも被災地の皆さんを勇気づけたり、励ましになるのではと確信できました。
また、六月一日に行われた群馬不白会家元招請研究会では、衣替えの単の着物も手伝って、心なし会員の皆さんも軽やかに晴れやかに感じました。この日は、家元教場研究会「実践」が課題でした。実演者は、家元研究会参加者がそこでの勉強の成果を、会員にご披露いただく趣向です。お家元(正客)、宮下支部長(次客)、河田副支部長(詰)と、会員にとってはこの上ない勉強会となりました。
静かな清楚な名心庵好の四方棚に、小ぶりな優しい水指という取り合わせ。趣向を凝らしたお料理が足付の小さな膳に見事に盛り付けら運ばれました。亭主と客の極く自然なやり取り、膳の上の料理をいただく際の間の取り方、流れ等。参加者は、家元の一挙手一投足を見逃すまいと、また一言一言を聞き逃すまいと、真剣に聞き入っていました。
実演終了後、「亭主は亭主になりきる」「客は客になりきる」という家元からのお話のがありました。実際に身体を動かし、立ち動く事の難しさを皆さんもしみじみ感じた事と思います。参加者全員が、全て理解したかのように大きく頷きなどしておりましたところ、家元から「返事だけは良いんですけどね」と一同を笑わせていただき、緊張感の中にも、とても有意義な一日となりました。
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2011年5月15日
◎繋がっていく力
幸田宗陽(福島不白会)
震災後の無気力の気持ちを、護国寺のお茶会で吹き飛ばされ、帰り道、今日いただいたこのエネルギーを無駄にしてはならない、被災された方をお招きしようと思い、もうこれで終わりと一瞬覚悟したという方をお正客に、職場が罹災し、仕事を失った方をご次客に、家が流された兄弟ご夫婦をこの地に安住させた方を、お三客に、五月十五日、花見の茶会と称して行いました。
朝、亭主役をお願いし、お庭を提供して下さったH様宅へ。前日、ご主人様と共に、駐車場を水洗いし、ソファーをセットしてくださったその位置からは、50アールに植えたばかりの早苗が、揺れる水田を背に樹齢五十年を越えるぼたん桜が、八割方花を落とし、地上には花筵に、水田には花筏にと装い、その周りには藤、つつじ、あやめ等々、花の歓迎を感じました。
今日は、初座:料理は美しく盛ること、華やかに。後座:濃茶はたっぷりと少し薄めに、寂に。
そしてお客様にまた来たいと思える様、心を込めてお接待することを確認してはじめました。
招く側は一人一品を一皿に美しく盛ること。
お客様には取り皿に、一品ずつ美しく取り回すことをお願いしました。
隣の人の盛りつけを見比べながら真剣に悩む姿をほほえましく思えました。お話はやはり料理の材料、作り方に関心が集まり、三客お持たせの早池峰山麓白ワインをいただきながら盛り上がりました。
深見草の主菓子をお出しして中立ちへ。
高桐院を訪ねた時、お願いした記念の扇面。剛山書、「柳緑花紅」をお軸に、村上市の九重園、うきふねを二寸小棗に入れ、包服紗にして盆に飾り、濃茶を点てました。
約束通り、絵唐津の円相の茶碗にたっぷりと少し薄めのお茶をお出しすることができました。
お薄が終わる頃、残された二割の桜の花びらが天から風に誘われて舞い散りました。歓声をあげ「さようなら、又、来年まで、ごきげんよう」と言われているよう、と言い合いました。つられて見上げた空は五月晴れ、絹のような薄雲が鶴を形どって北に向かって飛んでおりました。
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2011年5月8日
今年の風炉の始まり
家元招請研究会−【茶事の実践】
上島宗愛(高知不白会)
まず、歓迎の挨拶
ゴールデンウィークの余韻が残る五月八日、家元招請研究会が三翠園ホテルにて行われました。
「何のためにお茶をするのか」。お家元のお話はこの一言から始まりました。自分自身に深く問いかけながら、私はお家元の一言一句に耳を傾け、そして、お当番の方の一挙一動を見つめました。
亭主の挨拶が始まり、風炉を清め、お膳が運ばれました。ベネチアングラスの向付がとても爽やかで、今日の鬱陶しいお天気をはね返すようでした。私はいまだ体験したことがないので、今回のような亭主も席中にてのご相伴に、「こんなお茶事もいいなあ」と憧れます。
続いて、お膳が下げられ、炭点前になりました。「何より大事なのはお濃茶を点てるときに釜の湯がよく沸いていること。このお茶事が成功か、そうでないかはそこにかかっている」とのお家元のお言葉が心の奥に残りました。
亭主も相伴で一献
今回のお茶事は見事成功のようで、お濃茶の入った凛とした白磁のお茶碗に、シュンシュンと音が鳴るお釜からお湯が注がれた瞬間、お茶の香りが広がり、私は深く息を吸い込みました。
冒頭にお家元がお話しされたことを再び思い返しました。研究会の際のお茶事では、交わされる会話はぎこちないものになってしまうのは仕方のないことですが、実際に自分達だけで行う時でさえ、常にお点前に集中しがちです。ゆとりを持ち、さりげなく話を弾ませ、お客様と共にその場の空気に浸れるお茶事ができる人になれるように、精進を積み重ねて行きたいと強く思いました。とても有意義な「今年の風炉の始まり」でした。
さて、私ども高知支部は、今秋の全国大会をお引き受けいたしております。遠路お出で下さる皆様を、我が家にお招きする気持ちで精一杯務めさせていただきたいと存じます。支部一同、心からお待ち申し上げております。
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2011年5月1日
シュウ・ウエムラ・グループ主催ディナーショーで茶会
ロサンゼルス不白会
ディナー茶会会場
ロサンゼルス不白会の活動が、当地日本語新聞の『羅府新報』に掲載されました。シュウ・ウエムラ・グループはハリウッドに渡ってメイクアップの分野で成功した植村秀氏が興した世界でも注目されるブランドだそうです。転載します。(編)
【シュウ・ウエムラ・グループ
江戸千家LA不白会の茶会を堪能】
カナダのシュウ・ウエムラ・アート・オブ・ヘアー主催のディナーショーがこのほど、ハリウッド丘陵にそびえ立つ「山城レストラン」で開催され、江戸千家LA不白会(西村宗櫛会長)が日本の「端午の節句」にちなんだ茶会を披露して出席者に感銘を与えた。
皆で記念写真
カナダから「芸術の都」ハリウッドを訪れたのは全員が美容師の資格を持つシュウ・ウエムラ・グループのメンバー三十九人。茶の湯に対する関心は非常に高く、琴演奏の音色が優雅に流れる中、西村社中による茶会が厳かに始まると会場は茶会独特の粛然とした雰囲気に包まれる。要所ごとに行われる作法の説明にうなずきながら、きめ細かい所作に感嘆の表情を見せるなど、茶の湯「初体験」を存分に楽しんでいた。
また共演した山野流着物ショーや琴演奏(鯨岡さえ子師)にも興味を示し、特に男性の着物姿は彼らの目には珍しく映ったようだ。爽やかさの中に華やかさを添えた「芸者の着付け」披露が始まると真剣な眼差しで見つめ、目を輝かせていたのも印象的。
柏餅と抹茶を美味しそうに味わう出席者に、茶の湯の歴史や作法などを説明しながら西村会長は「東日本大震災により被災された人々の心の安寧と、一日も早い復興を願い日本の伝統文化を紹介しました。茶会が初めての人も多かったのですが、カナダをはじめ、世界の人たちと一服の茶の湯を通して心の交わりが深められた思いでした」との感想を述べた。
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2011年4月29日
着物でお花見、美味しいお茶を
河村千香子(青森不白会)
津軽にも花の季節がやってまいりました。四月二十九日、築城四百年を迎える弘前市に出掛けました。
弘前市は藩祖津軽為信公により計画され、二代目藩主信枚公が慶長十六年(一六一一)に城を完成し、津軽地域の政治、経済、文化の中心都市として発展しました。その頃から植えられた桜の木は染井吉野や枝垂れ桜、大山桜、八重桜等種類も多く、約二千六百本余りが豪華絢爛に園内を埋め尽くします。
公園へと進むなか追手門東側、お堀に面した七分咲きの桜並木が濃いピンクに彩られ、すばらしい景観を醸し出していました。
こおれもまた桜の花の一面かな、とただただ感激しました。蕾にはじまり、七分咲きのピンク一色、満開時の白、はらはらと散りゆく花びらの一ひら一ひらが優雅に舞い湖面を満開にしてくれます。いつ見てもその時々に風情があります。
立礼の寛いだ茶席
公園内の茶室(松風亭)へ、玄関側の水琴窟のかすかな音色に耳を傾け、春の香りに迎えられました。
さっそくお当番を定めいよいよお茶事の始まりです。足の悪い方の為、立礼棚にてお薄を、お道具は地元の津軽塗の茶入、七子塗の茶杓、桜模様の水指でございます。お菓子は四百年前のお殿様も召し上がったであろう素朴なお干菓子と羊羹を用意しました。続けてお花見弁当をいただきながら、和やかに会話もはずみ中立ち後は香り高いお濃茶を心ゆくまで堪能し、弘前城と桜の花のもとお茶会のテーマを恙なく終われましたこと、次回の事等話しながら帰路につきました。
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2011年4月26日
招いて学ぶ
家元招請研究会−【茶事の実践】
久保山宗靖(佐賀不白会)
茶事のあとの記念撮影
家元招請研究会「茶の湯の実践」でお家元をお招きする、突然の電話依頼。半信半疑に引き受けたものの不安でいっぱい。芝生の隅に別棟小間の茶室だけある我が家。
「茶はさびて心は厚くもてなせよ、道具は何時も有り合わせとせよ」。 恥をかいても勉強、と胆に銘じたものの、おもてなしの料理は? いかに今まで人に頼っていたかに気づかされました。早朝からあれこれと季節の野菜試行錯誤の末、盛は完了。準備が整い、来客前に東京でお世話になった恩師へ献茶をする。優しい先生の遺影と共にお家元をお迎えしたく。お家元、お客様二名、狭い我が家へようこそ。寄付はリビングで、茶室は二畳中板、恵風庵(万物を恵む春風)、昔々お家元につけていただいた庵号です。
茶碗は、家元百碗展の織部で、炭点前、点心、濃茶と順次進行した。お家元と恩師との思い出話や、それぞれに会話も弾み、楽しい一時を過ごせ、茶の湯の醍醐味に浸りつつ、如何にお客様を心地よくお迎えするかを思いながら、楽しかった。「案ずるより…」
学ぶ事の充実感、心地よい疲労感で安堵です。
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2011年4月24日
武家屋敷「能見邸」で師を偲ぶ茶会
手嶋貴史子(大分不白会)
若葉香る四月二十四日、江戸千家大分不白会総会が、杵築市の能見邸にて行われました。
杵築氏は、江戸時代は松平家三万二千石の小藩ではありましたが、海、山、川の景観に恵まれており、小京都と云われる城下町です。
会場となった能見邸は、故宇都宮宗和先生のご生家でもあり、逝去された後、家老職の家であった旧邸を市に寄贈され、改修工事を経て昨年四月に武家屋敷「能見邸」として立派に復元されました。
今年の総会を開催するにあたり、先生のご生家でもあることから先生を偲ぶお席をと準備を進めました。
床には「無量寿」のお軸を掛けました(無限の寿命をもつものという意味)、お花はひょうたん木とオダマキ、香合はお琴。
脇床の上の棚に柔和な先生のお写真を飾り、その前にお菓子をお供えしました。その下に置いた水盤にオアシスを入れ、その周りに柳の枝を巻き付け(花言葉は追悼)、白とピンクの椿を挿し、一番上に河北支部長により赤い牡丹が一輪献花され、中野副支部長によりお水が挿されました。
続いて、先生が生前お使いになられていた堆朱のお薄器とお茶碗をお借りしてお薄席が始まりました。先生が一番好まれていたお茶碗で、先生のお弟子さんの緒方さんによりお薄が点てられ、そのお茶を天目台に乗せて衛藤さんにお供えしていただきました。
お席では、宇都宮先生のお人柄を偲びながら、たくさんの思い出話に花が咲き、とても和やかで楽しいお席となりました。
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「空中茶会」
家元招請研究会−【茶事の実践】
原田宗晴(久留米不白会)
席主へ記念の色紙が贈られた
この度は、お家元をお招きしてのお濃茶の実践でした。マンションの十階という、和の風情どころか露地はなく、まして蹲踞もなく、下の階との兼ね合いもあり、炉は深く掘り下げられない、畳はマンションサイズの一回り小さめ、白い壁、侘び寂びはほど遠く……。
試行錯誤の結果、ベランダには、青竹を編んでもらい、大振りの鉢を蹲踞に、大でまりの木と擬宝珠を添えに。
初座は、早々に端午の節句のお軸にし、心ばかりのお凌ぎへ進み、楽しい一時を過ごしました。後座は、小さな床に、垂撥の代わりに作った煤竹に、白い山芍薬を掛花にし、お濃茶を亭主も交えていただき、楽しみました。
とあるお席で
当日は、筑後の新緑の山々を眺めていただこうと期待していましたが、生憎、中国からの黄砂のシーズンではっきりお見せできなかった事が、心残りです。
どなたかが、「空中のお茶会でした」と言っていただき、「ああ、空中の茶会を催したんだ」と、我に返った次第です。大変貴重な二時間でした。
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2011年4月20日
本番のお茶事が研究会
家元招請研究会−【茶事実践】
渡辺宗倫(神戸同好会)
遠方の客を迎えて、歓迎の一献
神戸同好会が船出して、二回目の家元招請研究会が 四月二十日に行われました。神戸は人数が少ないので茶席は一席のみで、私共の茶室にて実践いたすことになりました。
お家元様は八女不白会から神戸入りをされ、随行に『落暉残照』の筆者であられる足立淳雪氏を伴ってお越しになられました。足立氏は家元教場で二十年来の私の大先輩であり兄弟子に当たる方です。拙家には初めてのお越しですので、さっそくお正客は足立兄にと決めさせていただきました。ならばお次客はやはり遠方よりお越しいただける岡山支部の平野宗靖氏になっていただき、三客には社中から一名を決め、これでお客の三名が決まりました。
お稽古茶会とはいえ、遠方からお客様をお迎えすることになり、私には本番のお茶事の実践となりました。
日取りとお客様の顔ぶれが決まると、当日を迎えるまで私の頭の中は昼も夜も、床の飾り、道具のこと、料理のことで一杯になり、何度イエス、ノーを繰り返したことでしょう。果たしてこの迷いの苦しみの果てに何が残ると言うのでしょうか。
とうとう後戻り出来ない茶会当日を迎えました。寄付きは不白と如心斎ゆかりの玉林院ご住職森幹盛氏筆の「無事是貴人」の色紙を掛け、お床には、お家元様の「一座建立」の軸。これは亭主役を仰せ付かった時に決めていました。
研究会を終えて記念撮影
初座の挨拶は稽古では形式的なやり取りになりがちですが、今日は本物のお客様をお迎えしましたので、和いだ雰囲気でスタートすることができました。もうすぐ炉も終わるので透木に不白好みの富士形羽釜を懸けて、お棚は霞棚に舞子焼きの四方水指を飾り、向こうには遠山絵の風炉先を置きました。
お炭点前の後、一献のご挨拶をして、膳の運び出しとなります。八寸程度の膳なので、皆様あっという間に召し上がられてしまい、お家元様からゆっくりと会話を楽しみながら、お酒を味わい時間をかけて食べてくださいとご指摘がありました。
後座の席入りの後、クライマックスのお濃茶です。釜の蓋を開けると富士釜から垂直に湯気が立ち上り、お煮えが付いてよかったと安堵しながら自服いたしました。
お正客様がお話し上手でタイミングよくリードして下さいました。次客様にも助けていただき、楽しいお席にして頂き感謝です。お客様の力って偉大です。大変勉強になりました。
先にこの迷いの苦しみの果てに何が残るのかと自問しましたが、今日の答えは「遠方より友来る、また楽しからずや」でした。
今年、家元教場研究会では茶会記の読み合わせを行っています。研究会の締めくくりとして、倣ってこの度の自会記を書いてみようと思います。
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