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■水屋日記 第20回

表具(前編)

川上新柳

岩崎 晃(いわさき あきら)

表具師。1956年東京都深川木場生れ。 掛軸や屏風の表装、修復を手がける。
2005年第23回技能グランプリ表具 部門優勝。一級技能士。江東区優 秀技能者。
江東区無形文化財。東京都伝統工芸士。東京マイスター。

今回は掛軸や屏風、襖などの製作をされるお仕事、表具師の松清堂 岩崎晃氏にお話を伺います。

○表具とは

……今日は木場へ参りました。よろしくお願いいたします。表具とはそもそもどのようなものでしょうか?
岩崎晃氏(以下同):掛軸、額、屏風、衝立、襖、ほかにも和紙貼りといって壁に腰張りをしたり、と掛軸だけではなく様々な物を意味します。とは言え今はほとんどの表具屋、表具師が掛軸だけしか手がけないとか、襖だけを扱うということが多く、品物別に分業された状態になっています。またこの世界には表具師と経師きょうじ装潢師そうこうしという三つの言い方があります。装潢師は古い書画の修復を専門に、表具師は掛軸を、そして経師は襖、屏風を扱うという括りもありました。
 昔はオールラウンドにやるのが普通だったので、私の所では、掛軸から和紙貼りまで全部一通り扱うことにしています。この形態に自信を持ってやっています。
……和紙を使って何かを作る、そのような技術を伴ったお仕事ということですね。ここにも製作途中の襖や掛軸が並んでいますね。
 掛軸は巻くからこそ簡単に移動できて戦災や災害をくぐり抜け後世まで残ったと言えます。額を大きいまま運ぶのは大変です。大きな利点ではあるのですが、巻くという事は和紙に負荷をかけることになります。本紙が切れてきたり、巻きっぱなしだとカビが生える。襖や障子も紫外線に当たると劣化するのでどこかで張り替えざるを得ない。和紙は丈夫という良さはあるものの、襖なら五十年、障子なら五年くらい、掛軸なら五十から百年くらいでメンテナンスを要します。それで私たちの技術が必要になり、表具師の仕事が途絶える事なく続くんですね。

様々な和紙の棚

……確かに掛軸にカビや折れを見る事があります。稀ですが貴重な掛軸の中には大きな箱に入れ、巻かないで収納している場合もありますね。
 国宝級の掛軸は巻かない状態で保管されていますね。それも作られた時は巻くように表装されたわけです。ですので掛軸はいつか剥がすという前提で作っています。修理が必要になった時に剥がれなければ直せません。しかし使っている間は剥がれないように、その絶妙な糊の加減が肝なのだと教わりました。

○表具師への道

……いつ頃から表具師になる事を意識されたのでしょう。
 父がこの仕事をしていて私は二代目です。私は生まれも育ちも木場です。表具師になることは十代前半は全然考えず、二十一か二十二歳ごろにやってみようという気になりました。会社員には向いていないと感じていたので大学を出てから父の所で表具を始め、何年か後に物足りなくなり他所へ数年ほど修行に出ました。そこで学んだ事が今の仕事のベースになっています。
 この仕事の深みというのは十年以上、二十年近くやってからわかってきました。わずかな水の加減で仕上がりが狂ったり良くなったり、少しの違いで大きく変わってしまう。時間がかかる事なので、今の時代に合わない部分もあるのかもしれないですが、その面白さというか怖さというか、それに気づくようになったのは十年以上たってからです。

○製作の様子

板に仮張りしている掛軸

……板の上に張ってあるのは製作途中の掛軸でしょうか。
「張り込む」と言います。特にこれは仮張りと言います。この掛軸は本紙は元のままで、廻りを新しくする作業中です。
 手順としてはまず解体から始まります。水を含ませて剥がします。正麩糊しょうふのりというデンプンを煮た糊を使っているので、糊加減が適切であれば後から水をひけば剥がれます。それから部分部分に分けて、本紙一枚にしていきます。
その後新たにパーツを作って繋ぎ、仮張りの状態になります。これで九割完成の段階ですね。
……見た目としてはもう掛軸に見えますね。
ここまでが大変なのです。これはそれほど傷みが無いから楽な方ですが、ボロボロの状態で届く事も多く、そういう状態で剥がすと無くなってしまうのです。まず表側全体に紙を当てて貼ります。表が固定されたら、「裏打ち」という、本紙の裏に貼って補強している和紙を取っても大丈夫になります。
……和紙を貼る糊はどういうものですか。  ほとんどが正麩糊に水を特定の割合で混ぜて、濃度を変えて用いますが、他に布海苔ふのりにかわを使うこともあります。
 正麩糊を何年か寝かせると古糊ふるのりという物になります。接着力を意図的に落とす事ができます。かめに入れて保存します。
……水の割合を増やせば接着力が落ちるというだけではないのですか。
 それでも良いのですが、作った新しい糊を故意に寝かすのです。
 棚は微妙な物で、薄ければ仕上がりは良いけれどがれやすくなります。濃くすれば制がれないですがバリバリの表具になってしまいます。掛軸が固いまま柔らかくならず、ねじれたり形に癖がついてしまいます。古い糊の方が巻いた時に柔らかくなります。しかし接着力が弱い糊なので扱いが大変です。
……糊はどれくらいの期間使えるのですか?
 デンプンなので保存が悪ければすぐ腐ってダメになります。なので床下に保管しています。以前は今ほど暑くなかったのですが、最近はなかなか厳しいですね。今お見せしている糊は二〇二二年に作ったので二年前の糊ですね。まだまだあと二、三年くらいは寝かせます。この糊は二回目、三回目の裏打ちに使います。

糊の甕

……新しい糊と古い糊の使い分けはどのようにしているのですか。
 襖や障子は新しい糊を使います。古糊は掛軸の二回目以降の裏打ちに使います。
 また糊だけでなく貼り方も重要で、例えば仮に厚さ一ミリの紙を一枚貼るのと〇・五ミリの紙を二枚に分けて貼るのとでは、厚みとしては同じですが安定性や精度、柔らかさとしては二枚の方が断然良いのです。この時、紙の種類と紙の目の向きも変えます。それによって掛軸の安定性が格段に良くなります。
 目の前にご覧いただいている大きさの掛軸(頁上部の写真)だと裏打ちを三回行います。表面に見えている裂の裏には和紙が三層あるわけです。
……新しく掛軸を作る場合も同じ工程なのですか。
 同じです。剥がすという過程が無いだけです。裂を合わせて、裏打ちを行い、期間をあけて二回目、三回目と続きます。
……裏打ち一回ごとの間隔はどれくらいあけるのですか?
 ベストは一週間、その後、板に仮張りした状態で最低一か月と言われます。ある日は晴れて縮んでいく、翌日雨が降れば逆に伸びる。その縮みと伸びをくり返す事で裂や紙が安定していきます。
 最後は軸(掛軸最下部の軸先をつけた棒部分)と八双はっそう(掛軸最上部の木の棒部分)を付け、全部で三か月といわれています。       (後半につづく)

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