……私達が使っている茶の湯の棚などのメンテナンスや日々の使い方も教えていただけますか?
山田嘉丙様(以下同):やはり湿度は鍵です。意外と段ボールの箱に入れておくのは良くないです。化粧箱は良いと思います。理想的には桐箱ですが、用意するのはなかなか大変でしょうね。
茶室に置いて使っている最中は空拭きをするのが良いでしょう。あまり濡らさない方が良いですが、濡れた布巾を使わなければならない時には堅く絞って拭いて、しっかり風に当てて乾燥させてから箱にしまうと良いでしょう。
……漆で塗られている棚に指紋が付いたり、風炉や炉の近くで灰が付いた場合、どうしますか?
灰は羽でとると良いでしょう。濡れた布巾でいきなり拭くと、細かい灰が表面で擦れて傷を付けてしまいます。また塗りの物に付く指紋は濡れた布巾で取ります。木地の場合は指紋がついて目立つ事はないので気にしなくて良いでしょう。あとは日に当てないように注意します。
使った後は、すぐに箱にしまうよりも少し風を当てた方が良い場合もあります。
写真1
ただし板に関しては、下に置きっぱなしにすると反りやすい(中央が凹んで両端が立ち上がる)
ので、網状の棚に置くとか、何か棒状の物を二本下に敷いて空気が下にも通るようにするなど通気性をよくするといいでしょう。あるいは既に反っている板を逆向きに置いておく事で反りを戻せる事があります。
写真2 反った板。上が木裏
……当家にも板が反っている棚があるのですが、しばらく逆向きに置いておくと良いのでしょうか?
私はあえて濡らして置いておく事もありますが、逆効果になる事もありますので、あまりお勧めはしません。棚ではなく薄板などの場合は、両面使えますから逆向きに置いておけますね。また木材によっては逆向きに反る物ももちろんあります。
木には木表、木裏があります(木の表皮側に向いている面が木表、中心側が木裏)。板を置いておくと下面が上面より湿気やすいのですが、湿気ると膨張、乾燥すると収縮して、板の上下で膨張と収縮の差が出る事で反ります。この時、同じ乾燥をした場合は木表の方が収縮しやすいので、木裏を上にして置いておく方が反りにくいという考え方があります。丸太を見るとよくわかります(写真1)。木の表皮から中央に向かって割れが入っていますが、これは外と内の収縮率の違いから起こります。
茶室の柱の見えない側に切れ目を入れることがありますが、あれは見える側が割れないようにしているのです。他の手法としては、通常は芯がある材の方が丈夫なので芯持ち材を使いますが、あえて太い丸太の芯から外れた所を使って角材を作る事もあります。そうすると割れにくいので、四方から見られる所に使う材とする事があります。とはいえ木は理屈通りに動かない事も多くて難しいです。
木箱を作るる場合は、反らないように木裏を外側に向ける、と学校では教えられます。しかし江戸指物では木表の方が見栄えが良いという理由から木表を外へ出します。なのでよほど乾燥させてしっかり組んであげないといけないわけです。
……木表、木裏は我々が見てもわかるものなのですか?
いや、実はわかりにくいです。横を向けて年輪を見てください。外側に向かってアーチ状に木目が流れていますから、それで木の外と内側、木表と木裏がわかります。
写真4
写真3
写真5 家元好 逢雪棚
……山田様は指物師として既にご活躍されていた中で茶の稽古を始められましたね。ご自身でも茶を嗜むようになってから製作に変化はありましたか?
茶の湯を勉強してから変わった部分もあります。作り手は作品を前に出したくなるのですが、茶の湯の棚の場合は中に入る水指など他の茶道具を引き立てないといけません。名脇役、引き立て役でなければならないのです。しかしそれでも道具に負けてはいけませんので、目立たないうでいながら、中に入る道具がよく見えるように作ろうとしています。
木目は指物の魅力の一つですが、あまり目立ってしまっては茶道具には良くないという事も言えます。栃の木のチリメン杢は、綺麗な木目ですが、お客様からの要望も参考にしつつ茶席で邪魔にならないように考えて使っています。写真3はキハダです。そして全く表情が違いますが写真4も同じキハダです。木の部分の違いや個体差でかなり表情が変わるのです。逢雪棚(写真5)の扉と地板の部分がこのキハダです。桐も表と裏で表情が大きく変わります。
ですので木の銘柄を指定しても全然違いますので、それをどう選んでいくかは重要です。物によってはギラギラして邪魔してしまう事もあります。とはいえお客様の好みに叶う木材がちゃんと手に入るかはまた難しいのです。木材屋にはどのような木材がでたら持って来て欲しいとは伝えていますが、届くのは出てきた時という事になってしまいます。
……家元の好み物の製作についても伺えますでしょうか?
長い間、家元の好みの棚や風炉先を作って参りました。具体的には四方棚、花月棚、木瓜卓、清風卓、逢雪棚や流儀歴代お好みの風炉先、他には茶道具の箱も製作しています。
新しく家元が好まれる物を作るのは、
それまでやっていた数ものとは違うやりがいを感じてやってきました。
江戸千家以外で言うと今、遠州流の桐箱を作っているのですが、遠州流の箱の下側では紐を外に見せないように中に通すので大変です。底が二重になっていて外せるようになっているのです。しかも紐の穴が丸なのでそれも特殊ですね。
宗雪家元の話に戻りますが棚や風炉先以外にも扇形の象牙の香合、
変わった水指の蓋などもご依頼いただきました。そうした時にはいろいろ細かい要望を仰っていただいた方が有難いです。私がこうしたら合うのではないかと考える形と家元の考えているお話とが合わさって良い刺激となるのです。遠慮していただかない方が良いのです。どうしても無理ならばそう申し上げますから。
私はもともと指物の世界に入る前に設計の仕事をやっていましたから、そこで鍛えられた部分もあります。お客様からの要望、それを職人に伝える、そして間でどう折り合いを付けるかという事をしていました。お茶の世界もそうですが人を相手とする世界なのですね。
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