前号に続き、奈良高山町の柄杓師 三原啓司様と家元の対談を掲載します。
様々な柄杓の形
製作で使う刀の一つ
太鼓形の合
柄杓師 三原啓司様と家元(竹工房三原にて)
【歴史】
雪:現代では流儀によって柄杓の形に違いがあるわけですが、元々は茶人が個人的に好みを作っていたと思います。歴史上、柄杓の形はどれくらい遡れるのでしょうか?
三:黒田正玄さんの書物によると、遠州流を基本と考えているとあります。形式の最初は利休の頃でしょうか。遠州の古い形式には例えば合が楕円形になっている物があり、それを今でも受け継いでいるのは現代では織部流などです。玉川遠州流も微妙な差異を注文してこられます。今の遠州流は柄杓の作りも略しています。現代の武家茶道では太鼓形といわれる形をしています。
三千家には柄杓に共通した形があります。銀杏の部分は、千家では銀杏形ですが武家茶道ですと矢形、つまり矢羽根のような形になっています。
雪:茶筌に関しては、三千家は竹の種類からばらばらですね。いつから形を考えるのが人ではなく流儀となったのでしょうか?
三:流儀というのが確立してくる中で徐々にそうなったと考えます。柄杓は利休時代から現代まで変わっていません。室町時代の形も近いです。
雪:柄杓という物が中国から伝来してきたときからこのような形だったのでしょうか?
三:細かく厳密な描写ではないですが、昔の柄杓の絵図がありますね。
雪:どこかに古い柄杓の現物が残っていますか?
三:関西の、とある宗匠宅には古い柄杓が大量に残っているのを知っています。
雪:使い方とメンテナンスによって長い期間使える物なのですね。
【普段のメンテナンス】
雪:柄杓の弱点は何ですか?
三:乾燥です。竹も呼吸していますから。
雪:日頃のメンテナンスはどうすべきですか?
三:使う前に水でしっかり清める。使う一時間前くらいが良いでしょう。使った後は水屋でしっかり乾かす事が必要です。できれば水屋には柄杓を二つ用意して、釜に合う合わないで使い分けられると良いと思います。乾かす際は水屋の釘にかけておく。日陰が良いでしょう。日なたで急激に乾かしたり、風で乾かしたりするのは良くありません。
雪:先ほど見せていただいた柄杓は五十年もっていると仰っていましたね。
三:何十年でも残せる物をと思っています。
雪:茶筌について、長く持たせたいと相談した事がありましたが、結論としては消耗品として定期的に買い替えるべきという事でした。茶筌は使い終えた後は茶筌供養をしますね。
【製作時の工夫について】
雪:製作で使う刀もいろいろな種類があるのですね。
三:例えば銀杏の所を削るのも小刀だけで削るのは難しいものです。小刀を自分の体の一部のようにしないと上手くいかないのです。
今使っているこの刀は何十年も使っています。のこぎりは引いてしまうとビビれが出てしまうので、押して切れるようにしています。刃物も自分で焼きを入れます。道具は自分で作らないといけないのです。脇をしめてぶれないように作ります。
雪:そういえば柄杓の注ぎ方に苦労する人もいますが、合に「注ぎ口」のような物を付けられないものでしょうか。
三:遠州流や織部流は楕円形の竹を使えないかという話があります。
雪:注ぐところに三角形の切り口を付けたらそこから湯を注げませんか。他にはテーブル茶には小さな柄杓が合うのですが、柄が長過ぎて合わない事があり、柄を切って短くして使った事があります。
三:細かなオーダーを聞いて作成する事もあります。
雪:合の大きさも注文がきくのですか?
三:はい。煎茶などでは小さな合の柄杓の要望もあります。細かな特徴と言えば、黒田さんの柄杓は節の所で反り上がるという特徴があるそうです。
雪:意図的に反らせているのですか?
三:自然に反り上がった竹を使うのです。なかなかそのような竹は取れないので、この点でも黒田さんの柄杓は貴重です。私の柄杓は値段を安くおさえたいので、真っ直ぐにしています。
雪:茶杓の蟻腰と逆という事ですか?
三:はい。引き柄杓の時などすっと引くことができます。
雪:注ぐ時はどうなのでしょう? やりにくくないでしょうか?
三:ほんの少しの反りなのです。軽く曲がっています。
雪:奥が深いですねえ。
三:使う人が考える要望に対して、こちら作り手はどう調整したらよいのかわからないといけません。茶杓を作る時もそうです。宗匠が削る茶杓の下職と言う作業もしていますが、その宗匠の性格や人柄までわかっている事が下職には必要です。
雪:私は自分で全部作るのですが、祖父は下職がいましたからその観点もわかります。利休や遠州にも下職はいましたので、宗匠と下職の関係というのは昔からあるようですね。
ここまで色々お伺いしてきましたが、読者の方の中には柄杓を購入したいと考える方もいらっしゃるかもしれません。
三:うちは小売店には出していないのです。数がたくさん出る所とやり取りしてしますと、私自身が動けないので。江戸千家では家元から社中に柄杓を販売していますか?
雪:柄杓はしていません。茶筌は江戸千家から社中の皆様へ販売をしています。
三:家元の所で物品の販売や管理をしておいた方が良いと思います。小さな流儀は、例えば地方へ行くと千家の柄杓を使っていたりします。本来の流儀の形を使いたい所ですね。
●『水屋日記』特別編 千利休作「柄杓」
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