花月の間での作業風景
茶室には欠かせない畳。程良いクッション性、滑り心地、触り心地、調湿性……、茶の湯の場としてふさわしいだけでなく、畳の部屋には独特の心地良さがあります。今回は、江戸千家家元邸の畳をお願いしている柳井畳店のお仕事を取材しました。その内容を二回に分けて紹介します。
【畳の歴史】
畳の源流をたどっていくと、縄文時代には既に水生植物のガマやマコモなどを干して床に敷いていたと言います。干せば軽くなり、水を吸収しやすくなるというメリットがありました。また、畳は古事記に登場し、平安時代には寝具や座具になっていきます。正倉院にはマコモの織物が残っています。
【畳の構造】
ワラ床の側面
畳はおおまかに言うと、①畳床、②畳表、③ヘリという三つの部分からなります。畳床は畳の芯材にあたり、稲ワラの束を縫い固めて作られます。その上を藺草の畳表で覆います。さらに端に布を縫い付けてヘリを形成して畳として完成します。
現代においては畳床にポリスチレンフォームやインシュレーションボードを挟み込んだ物が多いですが、天然素材のワラ床には手間をかけて作るだけの価値があります(柳井畳店の畳は天然素材だけで作られているとの事)。
ワラ床は部屋の空気内の窒素酸化物や湿気を吸い取りながら浄化してくれます。また、畳は長年使用するとおのずと凹凸が出てきますが、ワラ床ならばワラを継ぎ足す事で半永久的に使用できます。
新しい畳床を作るためのワラの重量は最低三〇キロはあります。切り落とす分も含めると四〇キロくらいは要ります。手作業の場合は縫いながら踏んで作っていきます。機械で作る場合は、人間の目でチェックして微修正していく事で、より平らにしています。完成した畳は畳表とヘリも合わさって一枚で四〇キロ弱くらいになります。
【産地と生産について】
藺草の産地ごとによる畳表の違いを見せていただきました
① 藺草
藺草は、初冬に苗を水田に植えて、七月後半の梅雨明け前くらいに、日が昇る前に刈り取りをします。刈った後は泥染めをしてから乾燥させます。昔は天日干しが基本でしたが、現在は乾燥器を使います。こうして出来上がった藺草はしばらく寝かせておいてから使います。
現在の日本においては、藺草の生産地は備後、土佐、熊本です。実際には八代の辺りの熊本産がほとんどで、九五%くらいをしめるのではないかと思われます。よく備後の藺草を最高の物とする声を聞きますが、確かに備後の色は鮮やかというよりは落ち着いている感じで、染みにもなりにくいです。
現在では藺草専門の水田はほとんどなくなってしまいました。転用しやすいため米を作るようになっています。熊本では麦を植えてから藺草を植えたり、藺草を植えてから米を植えたりという二毛作もしています。更には、土を肥やすために蓮華を植えたり、牛に食べさせる飼料用の米を植えたりもしています。
小刀で表面を削ったり、ワラを足して縫いつける事で、凹凸を調整する
②稲ワラ
東西の畳の差ゆえに畳床のワラの長さも違います。関東間より畳が大きい京間では長いワラが必要になります。京間に向いている長いワラは、柔らかいという弱点があります。それに対し、宮城などで作られている江戸間用の短いワラは硬めである事が多いです。
ワラはしっかり乾燥すると質も良くなるので、長雨の続く気象状況はよくありません。。制作に使うワラは一〜二年くらい寝かせた物です。
畳床は上述の宮城など稲ワラの産地で作っている事が多いです。昔は畳屋が作っていましたが、現在は良い畳床は分業して作っています。
【手仕事の価値】
一円庵の畳をはがし、はめなおしているところ
現代では機械を導入している畳店もやはり多いですが、手仕事でないと出せない良さもあります。それは個別の需要に合わせて微妙な調整ができる事です。例えば住宅の床面には多少のゆがみがあったり、人の出入りが一部に集中していたりします。そうすると機械で作った均一な畳を敷き詰めると、畳自体にも歪みが出てしまいます。手仕事であれば、例えば畳の一部だけに微妙な厚みを持たせるなどの工夫ができるのです。ちなみに江戸千家邸内の畳は、点前座の膝が乗る所から茶碗が置かれる所までの辺りが長年の使用で凹んでいました。
縫い方にも違いは出ます。機械で畳床を縫う場合、ミシンのように上下二本の糸で縫い、早く完成する上に縫い目は均一になります。しかし微妙に硬さや厚みが変化しても対応できません。
一方、手縫いの場合は、それらに合わせて微妙に加減していく事が可能です。ワラ床は周囲の四辺が弱いため、縫いながら締め固めるとしっかりバランスのとれた畳床になります。
もちろん質が落ちず効率が上がるなら、機械だけでなく昔は無かった道具を使うのも良いと思っています。実際、瞬間接着剤や電動ハサミを使う事があります。昔は糊としてご飯粒を使っていました。そのような仕事は昼食のご飯の粒を使うため、午前中にするべしと言われていたものです。
次号では修繕の作業過程のお話になります。
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