この度、河原書店より谷晃氏著作による『現代語訳不白筆記』が刊行されました。谷先生は『茶道文化』紙の巻頭言を長く執筆されている茶の湯博士であり、私事ながら二〇一九(令和元)年、江戸千家流祖川上不白生誕三百年記念の『川上不白茶会記集』(中央公論新社刊)の出版にご一緒した同志です。
江戸中期の茶書『不白筆記』に並々ならぬ心入れをされて
いた氏による現代語訳を、私は心から期待して読ませていただきました。
現代語訳という解り易さが新鮮で、私は遙か昔、学生時代に京都堀内家に於いてご所蔵の『不白筆記』の原本を、故兼中斎宗匠、現宗完宗匠のご好意に甘えて、ゆっくりと拝見させていただいた時の高まる心情を思い出しました。一九七九(昭和五十四)年、私は弟(宗康)と二人でこの堀内家蔵の影印活字本を上梓させていただきました(江戸千家茶の湯研究所刊)が、 今回の谷氏の綿密な解説、親切な注の数々から私は新たな知識をいただいております。
著者は『不白筆記』について解題に「『山上宗二記』『南方録』『茶の湯一会集』と並ぶ茶の湯論の書——師・如心斎(表千家七代)から受けた教えと歴代の伝承、そして茶の湯の思索と実践を重ねて不白が到達した独自の茶の湯論」と高く評価されています。コロナ禍で長らく活動を抑えられておられる『茶道文化』読者の皆様に、平易な現代語訳を通してこの本をゆっくりお読み戴けたらと、お勧めする次第です。当時の表千家の具体的な稽古の様子(七事式)、如心と不白の茶事を通じての師弟愛
(餞別銅鑼の会、ありふれた一会など)、そして現在の茶の湯の有り様に対する教示ともなる不白の考え(啐啄󠄁の機、先祖の御陰)……等、私の好きな文章も数々出てまいります。お楽しみに。
私見を二つ。今般も底本として使われている堀内家蔵の毛筆原本は、当初から申し上げていた通り川上不白
自筆に間違いないこと。そしてその後、表千家関係者への私の問い合わせの経緯から、この堀内家蔵の原本こそ、川上不白が如心の遺嗣、啐啄󠄁斎へ与えた渾身の書
そのものだ、と思っています。
令和4年5月1日発行
『茶道文化』第879号 掲載