九月二十日、茶の湯同好会主催、第三十三回定期講演がひらかれ、宗雪宗匠の講演がありました。同会は、流儀を超えた茶の湯を愛好する人々の集まりで、この日は百八十名ほどが参加しました。内容は三つに分けられました。
まず不白の生涯や、師匠であった如心斎との関係の話から始まりました。
紀州新宮の武士である川上家、その次男であった不白は、十五歳で表千家不審庵へ入りました。師の如心斎と共に大徳寺の玉林院へ参禅し、大竜宗丈により、厳格な如心斎に「天然」、大らかな不白には「弧峯」の号が与えられました。互いに正反対の性質の名が与えられたようです。
さて当時、江戸の武家茶道は石州流が中心でしたが、徳川吉宗の時代になり紀州の勢力が江戸で拡大していました。不白の江戸での活躍には、時代の後押しもあったのではないかという家元の意見でした。
この茶会は昭和二十五年五月十四日に大徳寺にて行われました。五席の内、江戸千家も先代家元の名元庵が、龍翔寺に釜を掛けました。会記を示しながらこの時の様子が説明されました。
最後に、家元が最近すすめている事が話されました。
例えば現在お茶をやっているのは稽古の時だけという人も多いのではないでしょうか。家元は自宅の茶を推奨しています。友人や特別な客人が来た時などに、作法でかたくならずに自由な茶をしてみてはいかがでしょうか。
また、大寄せ茶会での初座の復活と称して、待合で簡単な八寸のような食事と酒を出す工夫例や、茶席で亭主も濃茶を相伴した方が主客一体に感じられるのではないかなどの話がされました。